美術画廊でのとある一言

母が作った陶器

 母が作ったこの陶器をもらってブログを書こうと思いました。


 小学生の頃から、図画工作や美術、音楽の時間は大好きで、夏休みの宿題となると

何を作ろうか、どんな絵を描こうかと父と相談しながら海や山へ連れて行ってもらったように記憶しています。母とは、美術館や陶器の体験教室などへ出向いた。中学生の頃から裏千家の茶道を習っていたこともあり、日本の文化や美術工芸品にも触れる機会を与えてもらっていました。

といっても『これからもっと勉強しよう!』と書物だけは多少購入している程度であり、いつまでたっても身についていないのが実のところです(情けない。。。)


母が作った陶器

 ただ、連れて行ってもらった経験があってか、今も美術鑑賞は趣味のひとつとなっています。


山陽放送時代の取材にて

 ラジオの番組を担当させていただいているなかで、たくさんの芸術に触れさせていただきました。新人アナの最初の仕事であったラジオカー。緊張している間に放送が終わってしまった感じでしたが、ギャラリー、美術館、新しくオープンしたお店など、ディレクターがあらかじめアポイントを取っていたところに出向き、放送直前に訪問して取材をし即本番という、現場で鍛えらる以外の何物でもない仕事でした。当時は苦手でしょうがなかったですね。帰社して、今日はどこを注意されるのかと恐る恐る帰ることもありました、、今では懐かしい思い出です。


 入社して2年目には、番組の先輩アナウンサーと一緒に岡山や倉敷市内を中心に、文化芸術グルメとあらゆる取材に同行させていただき、いろいろな方との出会いと取材が私の宝物となりました。


岡山の焼き物といえば備前焼

 人間国宝の作家さんやギャラリーで作品を直接触れさせていただいたこともありました。傷をつけたら大変ですから手が震えましたが、本物の芸術を間近で拝見できる体験は貴重でした。茶道用の茶碗を拝見したときは、こそっと指輪をはずし手にとったのですが、しっかりとお気付きで微笑んでくださったことを覚えています。

 

 またある取材では、国宝の作家さんのご子息にお話を伺うため一人画廊に出向いたときのこと。作品を見せていただいてからインタビューだったのですが、途中、


   どれほど真剣にご覧になっておられるのか背中をみればわかります

 

とさらりと言われたこのひとことにドキっとしたことを忘れられません。後ろ姿で心のうちが読み取られるのかと思うと急に恥ずかしくなりました。


ヨーロッパにて

 ギリシャには今までに20回以上訪れたでしょうか。パルテノン神殿はもちろん、ネメア、スパルタ、ミケーネなどの遺跡を訪れるたびに古代ギリシャのレベルの高さに驚かされます。我が家にもヒポクラテスのミニ彫像や壺、飾り皿などがあります。お土産物店で購入したものですから素焼きの素朴なものですが、神話、幾何学模様、イルカなどそのモチーフは多彩です。

 フランスとベルギーに滞在していたころは、とにかく時間があるかぎり、いろんな美術館や博物館を訪れました。ときに作品のもつ力の強さに魂が吸い取られるほどグッタリしたり、頭痛に見舞われることもありました。

 

 そう思うと、背中を意識しているうちは、真剣なつもりでも、心奪われるほどに見入っていないのでしょうね。


 人の生き様を伝えるのに「背中で語る」と言葉もありますが、60代が遠い先の話ではなってきたこの頃、どんな場面でも自然体で、背中で語れるほどの人になれたらいいなと思います